【コロナ特集:不動産】テナント休業に伴う賃料減免について
1 はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、2020年4月7日付で新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」といいます。)32条1項に基づく緊急事態宣言がなされ、順次、都道府県毎に緊急事態措置が実施されています[1]。当該措置の中には、施設・業種毎に定められた施設の使用停止等の要請が含まれており、事業者の多くが当該要請に応じて施設の使用停止等による休業を余儀なくされています。このような事業者が賃借建物で事業を展開している場合、休業により収入が絶たれる中、賃料負担をどうするかが事業存続に関わる重大事項となっており、賃貸人に対し賃料の減額、免除等を申し出る事例が散見されます。緊急事態措置の実施前後から、一部の商業施設のデベロッパー等がテナントの賃料減免に応じているところですが[2]、本稿ではテナント休業に伴う賃料減免について法的な側面からあらためて検討するものです。
[1] その後、2020年4月16日付で緊急事態措置を実施すべき区域が全都道府県に拡大され、同年5月4日付けで緊急事態宣言の期限が同月31日まで延長されました(特措法32条3項)。
[2] 情報開示されている例として、イオンモール株式会社・イオンリテール株式会社:https://www.aeonmall.com/files/management_news/1396/pdf.pdf、株式会社丸井:https://www.0101maruigroup.co.jp/
2 休業の位置づけ
緊急事態宣言下における都道府県毎の緊急事態措置のうち、施設・業種毎に定められた施設の使用停止等の要請(以下「休業要請」といいます。)は、基本的には、特措法24条9項に基づくものです[3][4]。この特措法24条9項に基づく協力要請はあくまで任意の協力を求めるものであり法的義務はないと解されているため、形式的には、事業者自らの判断(任意)で当該要請に応じることになります。もっとも、当該協力要請に応じない場合、特措法45条2項の要請及び同条3項の指示が予定されており[5]、当該指示は法的義務を有すると解されているところ[6]、実際に協力要請に従わない事業者に対し、順次、特措法45条2項及び3項の要請、指示が出されています[7]。このように、テナントが特措法24条9項に基づく協力要請に応じることは法的義務ではないものの、当該協力要請に応じなければ、特措法45条2項の要請及び同条3項の指示がなされる蓋然性が高いため、当該協力要請に応じて休業せざるを得ないと考えられます。
[3] 特措法24条9項「都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。」
[4] 東京都:https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/04/10/documents/27_00.pdf
大阪府:http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/38112/00000000/kinkyuzitaisochi0507.pdf
[5] 特措法45条2項「特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。」、同条3項「施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。」
[6] 新型インフルエンザ等対策研究会編『逐条解説新型インフルエンザ等対策特別措置法』(中央法規、2013年)161頁
3 賃貸借契約に基づく賃料減免
賃貸借関係にある当事者間の権利義務は、当事者間で締結されている賃貸借契約によって規律されることが原則です。賃貸借契約の内容は、賃貸人の規模等によっても様々で、賃貸人が中小企業や個人である場合、必要最低限の内容のみ定めているケースも多いでしょうし、大型商業施設のデベロッパーとの賃貸借契約であれば、中には今回のような事態に完全に合致せずとも不測の事態を想定した何らかの定めがおかれていることもあります。いずれにしても、先ずは、締結済みの賃貸借契約の内容を確認し、休業時の賃料に関連する定めの有無を確認・検討する必要があります。
一方で、賃貸借契約に休業時の賃料に関連する定めがない場合、民法等の一般法を検討することになります。
なお、緊急事態措置の休業要請の対象ではなく、テナントの自主判断により休業している場合には、賃貸借契約に特別の定めがない限り、テナントが賃料の支払義務を免れる法的根拠はありません。逆に、施設管理の観点から、営業日、休業日、営業時間等を定め、テナントに遵守させる旨の規定が賃貸借契約に入っている場合、賃貸人の承諾を得ないテナントの自主判断による休業は当該規定違反となるおそれもありますので注意が必要です。
以下では、緊急事態措置の休業要請に応じてテナントが休業した場合に限定して検討します。
4 民法に基づく賃料減免
(1) 考えられる法的根拠
緊急事態措置の休業要請に応じてテナントが休業した場合、賃料の減免を主張する法的構成として主に2つが考えられます。
1つは、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行できなくなったとき、債務者は反対給付を受ける権利を有しない旨を定める民法536条1項(危険負担)に基づく主張です。すなわち、賃貸人、テナント双方の責めに帰することができない事由によって、賃貸人の債務である「目的物を貸すこと」ができなくなったときは、テナントから賃料を受けるという賃貸人の権利も消滅する、というものです。もう1つは、賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、その滅失した部分の割合に応じて賃料の減額を請求することができる旨を定める民法611条1項(一部滅失による賃料減額請求)に基づく主張です。
(2) 裁判例
過去の裁判例を見てみると、東日本大震災に伴い福島第一原発から放射性物質が放出される事故が発生し、原子力災害対策特別措置法に基づき立入制限等が行われた区域にある店舗が休業を余儀なくされた事案で、店舗を使用収益させる義務は、本件事故という当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行できなくなったと認められるとして、店舗賃借人は民法536条1項に基づき賃料支払義務を負わないと認定した裁判例があります[8]。また、兵庫県南部地震や阪神淡路大震災に伴い賃借建物が損壊されて使用収益が全部制限され客観的に賃貸借契約を締結した目的を達成できない状態になった事案で、公平の見地から、民法536条1項を類推適用して賃料支払義務を負わないと認定した裁判例も見られます[9]。
(3) 結論
以上の裁判例を踏まえると、緊急事態措置の休業要請に応じてテナントが休業した場合、商業施設は物理的に滅失していないものの、使用収益が全部制限されているので、客観的に賃貸借契約を締結した目的が達成できない状態であると評価でき、また、上記2で述べたとおり、休業要請は法的義務のレベルではないとはいえ、休業要請を拒否することは事実上も社会通念上も困難であると考えれば、賃貸人、テナント双方の責めに帰することができない事由によって使用収益させる義務が履行できなくなっているとも評価できることから、民法536条1項に基づく賃料減免の主張が成り立つ可能性があると考えられます。もっとも、当該主張の成否は、賃貸人とテナントの賃貸借契約締結に至る経緯、同契約の内容、テナントが休業に至る経緯、賃貸人の事情等、個別具体的な事情も勘案して公平の見地から慎重に判断する必要があります。
(4) 改正民法が適用される場合
現時点でテナント休業が問題となるケースでは、ほとんどが2020年4月1日より前に締結された賃貸借契約に基づく賃貸借関係であり改正前の民法が適用されると想定されますので、上記の検討は、改正前の民法を前提としています。今後、休業期間が長期化すると改正民法が適用されるケースも出てくると思われますので、改正民法が適用される場合にも触れておきます。改正民法536条1項は、当事者双方の帰責事由によらずに債務者の債務が履行不能になったときは、債権者の反対給付債務も消滅するとの改正前の民法の同条項を変更し、債権者の反対給付債務は当然には消滅しないものの、債権者に履行を拒絶できる権利を与えるものとしました。実務的には、自己の反対給付債務を確定的に消滅させたい場合、あくまでも解除の意思表示をしなければなりません。したがって、賃貸借契約を解除することを前提に賃料の減免を主張するのであれば上記(3)と同様でよいのですが、賃貸借契約を継続しつつ休業期間の賃料減免を主張する場合には、改正民法536条1項の「類推」適用を主張するか、又は、賃借物の一部の使用収益ができなくなった場合の賃料減額の定め(改正民法611条1項[10])の直接又は類推適用[11]を主張することになると思われます。
[8] 札幌地判平成28年3月18日判時2320号103頁
[9] 大阪高判平成9年12月4日判タ992号129頁、神戸地判平成10年9月24日判例秘書L05350680。直接適用ではなく類推適用とした理由は、両裁判例ともに必ずしも明らかではありませんが、賃貸人による修繕が行われなかったという賃貸人の事情も勘案すると「当事者双方の責めに帰することができない事由」とまではいえないため直接適用できる場面ではないものの、公平の見地から類推適用したものと思われます。
[10] 改正民法611条1項「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。」
[11] 既出の兵庫県南部地震の裁判例、阪神淡路大震災の裁判例はどちらも、改正前民法611条1項の賃料減額請求の適用を認めませんでした。その理由として「本件のように、賃貸目的物が何ら滅失していないが使用収益が全部制限されており、賃貸人の修繕義務が発生するという場合にまで当然に適用されると解することは困難である」ことを挙げています。改正前民法611条1項は「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」と滅失を原因とする条文でしたが、改正民法611条1項では「滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」と「その他の事由」による使用収益不能の場合が含まれています。「その他の事由」に何が含まれるかは明確ではなく、また、同条項は賃借物の一部の使用収益ができない場合の規定ではあるものの、改正民法536条1項が契約解除等契約終了を前提としたものであることから、休業要請により一定期間は全部の使用収益ができないが賃貸借契約は継続させるケースでは、同法611条1項の直接適用又は類推適用を主張する実益はあると考えられます。
5 休業補償
休業要請等に応じた事業者が損失を被ったとしても、特措法上は損失補償が定められていません。もっとも、国や地方公共団体は、個別に給付金等の支援制度を策定しています。給付金について主なものを参考までにご紹介します(詳細は脚注のウェブページ等をご参照ください。)。
(1) 国
経済産業省(中小企業庁)は「持続化給付金」の名称で、資本金10億円以上の大企業を除く中小法人・個人事業者を対象として、中小法人向け200万円、個人事業者向け100万円を上限とする給付金制度を策定しています[12]。
(2) 地方公共団体
例えば、東京都は「感染拡大防止協力金」、大阪府は「休業要請支援金(府・市町村共同支援金)」の名称で、中小企業・個人事業主を対象とした給付金制度を策定しています[13]。
[13] 東京都:https://covid19.supportnavi.metro.tokyo.lg.jp/service/xGM0YQzC4eh7JRY0、
大阪府:http://www.pref.osaka.lg.jp/keieishien/kyugyoshienkin/index.html
(作成日:2020年5月6日)
文責:弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 吉村 彰浩