【ライフサイエンス特集①】医薬品等の回収に関する実務
1 はじめに
医薬品等の製造販売業者は,その製造販売した医薬品等に何らかの不良があることが判明した場合,健康被害の発生を防止するため,当該医薬品等の回収等の措置を講じる必要があります。回収等の措置には,廃棄,回収,販売停止,情報提供が含まれますが,本稿では,このうち,回収について説明します。
2 回収の種類等
(1)回収の種類
回収には,厚生労働大臣又は都道府県知事の命令に基づく回収と,製造販売業者が自主的に行う回収(自主回収)とがありますが,実際の回収はほとんどが自主回収によるものです。本稿では自主回収について説明します。
(2)回収通知
自主回収に関しては,実施に関する考え方や行政に対する必要な報告などを定めた通知(「医薬品・医療機器等の回収について」平成30年2月8日薬生発0208第1号。以下「回収通知」といいます。)が存在します。
(3)回収の定義
回収通知によれば,回収とは,製造販売業者等[1]がその製造販売し,製造をし,又は承認を受けた医薬品・医療機器等を引き取ることをいいます。次の表のとおり,「改修」及び「患者モニタリング」は回収に含まれますが,「在庫処理」,「現品交換」及び「不良のない旧製品の引き上げ」は含まれません。「改修」は医療機器,「患者モニタリング」は医療機器及び再生医療等製品における回収の方法です(回収通知第2の1)。
(4)回収のクラス分類
①クラスの意義
回収にはクラス分類があり,回収を実施する際に,回収のクラスを決定します。クラスは,健康被害リスクの程度に応じて,ⅠからⅢまでの3つに分かれています。健康被害リスクの高い順に,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲとなります。
クラス分類は,クラスⅡを基本とし,クラスⅡよりもさらに重篤な健康被害発生のおそれがある場合にはクラスⅠになり,健康被害発生の原因となることがまず考えられない場合にはクラスⅢになります。近時のクラスⅠの回収事例には,原薬の取り違えにより治療薬に睡眠剤が混入した事例,医薬品から管理指標を超える発がん性物質が検出された事例などがあります。
②クラス分類による違い
クラス分類の違いにより,回収に関する次の対応の要否に違いが生じます。回収状況の定期報告,対象国への緊急回収通報,プレスリリースに関しては後で説明します。
③近時のクラス別回収状況
医薬品等の回収情報は,医薬品医療機器総合機構(以下「PMDA」といいます。)のホームページで公表されています。近年の医薬品等のクラスごとの回収件数は次のようになっています。
[1] 医薬品・医療機器等の製造販売業者のほか,外国特例承認取得者又は薬機法80条1項から3項までに規定する輸出用の医薬品・医療機器等の製造業者が含まれます。
3 回収の実施
(1)回収の要否の検討
①情報の収集と分析
不良が判明した医薬品等について回収の要否を検討するためには,まず,情報の収集と分析が必要です。具体的には,GMP省令やQMS省令に基づいて収集される医薬品等の品質等に関する情報,GVP省令に基づいて収集される安全管理情報等を収集して,これらを分析することが必要になります。
②回収の要否に関する回収通知の考え方
回収通知は,不良により医薬品等の有効性又は安全性に問題がある場合や,医薬品等が法又は承認事項に違反する場合には,回収が必要であるとしています(回収通知第2の2(1))。そして,回収通知は,有効性及び安全性に問題がないことを明確に説明できない限りは回収を要するという厳格な考え方を取っています。異物混入の場合にも,保健衛生上問題が生じないことが明確に説明できない限り,回収することとされています(同(2))。
(2)回収の範囲の検討
①回収の範囲に関する回収通知の考え方
回収が必要であった場合に,次に問題となるのが回収の範囲です。特定の範囲の製品の回収でよいのか,あるいは,ロット全体,さらには製品全体を回収しなければならないのか,という問題です。回収範囲の考え方について,回収通知は,不良がロット又は製品全体に及ぶものでないことを明確に説明できない場合は,当該ロット又は製品全体を回収しなければならないとしています。そして,不良がロット又は製品全体に及ぶものでないというためには,原則として,①不良発生の原因と工程が特定できること,②同ロットの参考品等により品質に問題がないことが確認できること,③製造管理及び品質管理の基準に関する省令(GMP省令,QMS省令等)に基づき,不良発生防止のための措置が適切に講じられていたことを説明できること,④品質管理の基準に関する省令(GQP省令,QMS省令)に基づき,同様の品質に関わる苦情が他にも多数発生していないことが確認できること,の全てを満たすことが必要であるとしています(回収通知第2の2(3))。
回収の範囲は,回答の要否と同じく,第一義的には製造販売業者等において検討することになります。もっとも,回収の要否及び範囲については,判断が難しい場合も少なくなく,例えば,製造販売業者等において回収不要と判断していたが,事後に当局から回収を検討するよう指導を受ける,回収範囲が適切でないという指導を受ける,といったことも考えられます。こうしたことが起こると,製造販売業者等が回収遅延の非難を受けたり,医療現場に混乱を生じさせたりするおそれもあります。そのため,回収の要否及び範囲の判断にあたっては,必要に応じて都道府県の薬務主管課に相談しつつ進めることも検討すべきといえます。
②患者からの回収
回収の範囲に関して,医療機関の管理下にある製品の回収に止める場合と,患者の手元にある製品も含めて回収する場合とがあります。医療機関だけでなく患者からも回収する場合,回収に要する時間,費用,労力はより大きくなります。患者からの回収の要否は,対象製品が患者の手元にどの程度残っているか,使用することによる健康被害の可能性,内容・程度,健康被害の報告の有無などを勘案して判断することになります。重篤な健康被害を起こす可能性が高いような場合には,基本的に患者からの回収も必要になると考えられます。これに対して,健康被害を生じる可能性が低い場合には,医療機関からの回収は念のために行うものの,患者からの回収までは行わない場合もあります。
(3)行政に対する報告等
医薬品等の回収を実施することになった場合には,行政に対して次のア~エの文書等を提出することが必要になります。前述のとおり,ウとエの要否は,回収のクラスによって異なります。
ア 回収着手報告書(薬機法68条の11,薬機法施行規則228条の22第1項,回収通知第3の1)
製造販売業者等は,回収に着手した場合,回収に着手した旨の報告を,都道府県の薬務主管課に対して文書で行う必要があります。回収着手報告書の記載事項及び記載要領は薬機法施行規則228条の22第1項や回収通知第3の1に定められており,書式は都道府県の薬務主管課のホームページ等に掲載されています。
なお,回収のクラス等に応じて,回収着手の報告に加え,概ね1ヶ月ごとに,回収率,健康被害の発生状況等についての定期的な報告が求められることがあります(回収通知第3の1(3)④)。
イ 回収の概要(回収通知第3の2)
医薬品等の回収情報は,迅速かつ広範に情報提供を行う必要があるため, PMDAのホームページに掲載されます。製造販売業者等は,回収に着手した場合,このホームページ掲載用の資料を作成して,都道府県の薬務主管課に提出する必要があります。回収通知の別紙1に書式が載っています。同資料は,電子メール等で提出することとされており,提出を受けた資料は,薬務主管課から厚生労働省の監視指導・麻薬対策課(以下「監麻課」といいます。)に転送されます。
ウ 緊急回収通報の原稿(回収通知第3の3)
わが国で医薬品の回収が実施された場合,監麻課から諸外国(PIC/S加盟国及びEU)に対して,回収情報が発信されます。回収対象医薬品にかかる製造販売事業者等は,緊急回収通報の原稿(英語)を作成して,都道府県の薬務主管課に提出する必要があります。回収通知の別紙3に書式が載っています。同原稿も,回収の概要と同じく,電子メール等によって薬務主管課に提出され,その後監麻課に転送されます。
エ 報道発表用資料(回収通知第3の4)
回収情報を報道機関を通じてより迅速かつ広範に提供するために,製造販売事業者等においてプレスリリースが求められることがあります。回収通知によれば,プレスリリースの作成にあたっては,回収の概要の記載事項を盛り込むこととされており,また,専門用語を極力避け,図表を用いるなどの配慮を行うこととされています。報道発表用資料の原稿についても,回収の概要等とあわせて,都道府県の薬務主管課に提出を求められる場合があります。
(4)医療機関対応
ア 説明文書の作成
回収の実施にあたっては,医療機関に対して回収の理由や回収の方法等について説明をする必要があり,そのための説明文書を用意する必要があります。一般に,説明文書には,①回収を実施する旨,②回収対象製品・対象ロット,③回収の理由(不良の内容),④不良の原因,⑤健康被害の可能性,内容・程度,健康被害の報告の有無,⑥回収の方法,⑦問い合わせ先などが盛り込まれます。
④不良の原因は,その時点の原因調査の進捗度合い等に応じて,何をどの程度記載できるかは変わってきますが,いずれにせよ,その時点で明らかになっている情報に基づいて正確に記載する必要があります。⑤健康被害の可能性,内容・程度,健康被害の報告の有無は,医療機関にとっても特に関心が高い事項といえますが,健康被害の可能性が「ある」,「否定できない」,「低い」といった記載とともに,起こり得る健康被害の内容,程度(重篤か否か),実際の健康被害の報告の有無などを記載することになります。この点も,④不良の原因と同じく,その時点で得られている情報に基づいて,医学的・科学的に正確に記載することが求められます。
イ 個別対応・Q&Aの用意
回収実施にあたっての医療機関に対する説明は,MRの方が対象医療機関を訪問して,あるいは問い合わせ窓口に対する質問に回答するなどの形で行われますが,いずれにせよ多数の担当者が分担して行うことになります。その際に,適切かつ統一的な説明・回答ができるように,社内でQ&Aを用意することが一般的です。Q&Aの内容については,すでに作成,配布されている説明文書等の内容との整合性を図るのはもちろんのこと,既存の資料に記載のない事項や,より詳しい説明を求められることが予想されますので,何をどの範囲まで回答するか(できるか)を慎重に検討することが必要になります。具体的には,欠品のおそれや代替薬等の有無,患者から回収しない場合にはその理由,患者の手元残薬等の取扱い等について質問を受けるといったことが考えられます。
(5)患者対応
患者から回収する場合にはもちろん,患者からの回収を実施しない場合にも,患者に対する説明文書を作成することがあります。記載すべき内容は,医療機関向け説明文書と共通する点も多いですが,患者向け文書に特有の事項としては,患者の手元にある回収対象製品の使用の適否があります。患者からの回収を実施しない場合には,基本的には使用してよいという記載になるはずです。また,使用可能の旨とあわせて,患者の自己判断で安易に使用を中止しないよう注意喚起することもあります。患者によっては,回収対象製品ということで継続使用に不安を感じ,医師に相談なく使用を中止してしまう場合があり,その場合,かえって症状を悪化させるリスクがあるからです。これに対して,患者からの回収を実施する場合には,手元にある回収対象製品は使用してはならないという記載になるはずであり,処方を受けた医療機関等で代替処方を受けるよう案内することになると考えられます。
また,医療機関の場合と同様に,患者からも問い合わせや質問等を受ける可能性があるため,Q&Aを用意しておく必要があります。内容は医療機関向けと共通する部分も相当程度ありますが,医学・薬学等の専門知識のある医師等と一般人の患者とでは,想定される質問は一部異なることがありますし,また,回答の内容についても,医学・薬学の専門知識のない一般人にも理解可能な内容にするといった工夫が必要になると考えられます。
4 回収後の対応
(1)回収終了の判断
回収終了の判断は,原則として,回収対象製品が市場から全て回収された時点で行います。ただし,最終消費者への情報提供が必要な場合等,製品の特性,回収理由等を勘案して判断することとされています(回収通知第5(3))。
(2)行政に対する報告(薬機法施行規則228条の22第3項,回収通知第5)
回収を終えた場合,行政に対して回収終了の旨を文書で報告する必要があります。回収通知によれば,回収終了報告書には,①すでに講じた又は今後講じる改善策の内容,②回収した医薬品等の処分方法,③回収した医薬品等の数量を記載することとされています。回収終了報告書の書式は,都道府県の薬務主管課のホームページ等に掲載されています。
(3)回収医薬品等の廃棄
回収した医薬品等は,回収が終了するまでは,他の医薬品等と分けて保管し,原則として回収が全て終了した後に廃棄を行います。ただし,回収製品の数が膨大である場合には,都道府県の薬務主管課の確認を得た上で,回収終了前に廃棄することも可能です。なお,回収した医薬品等は,単に保管して廃棄するだけではなく,不具合の原因の調査・検討等を行うことも必要になってくると考えられます。
5 最後に
以上のとおり,本稿では,医薬品等の回収に関する基本的な知識,回収の実施にあたって検討・実施すべき事項,回収後の対応について,ご説明いたしました。
医薬品等の回収は,他の危機管理対応と同じく,初動が重要です。回収が問題になり得る情報を入手した場合には,可及的速やかに検討を開始する必要があり,その判断は,医学的・科学的根拠に基づく妥当なものである必要があります。対応が遅れ,その間に健康被害が発生したような場合には,製造販売業者等は社会的非難にさらされたり,紛争,トラブルになったりするおそれがあります。
また,回収の検討及び実施にあたっては,すでに述べたように,当局,医療機関,患者等とのコミュニケーションが必要になります。製造販売業者等による回収の要否や範囲等の判断がそれ自体医学的・科学的に見て妥当なものであったとしても,その妥当性が正確かつ説得的に伝わらないとすると,当局,医療機関,患者等の理解を得られず,製造販売業者等の意図しない結果や無用な混乱やトラブルを生むおそれがあるからです。
以上
(作成日:2021年9月1日)
文責:弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 山田 真吾
本稿は法的助言を目的とするものではなく具体的案件については別途弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。
本稿記載の見解は執筆担当者の執筆当時の個人的見解であり、当事務所の見解ではありません。
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