【ライフサイエンス特集②】製品回収に関する費用・損害の請求実務-医薬品の回収を例に-

1 はじめに

 製品回収(リコール)において、問題のある製品の確実な回収が最重要課題であることは、言うまでもない。製品の問題の一報を受けた場合には、速やかに情報を収集し、社内や関係当局との協議を通じて製品回収の要否を検討し、製品回収が必要となれば、確実に回収を実施する、これが製品回収の基本である。事案にもよるが、製品回収の問題が発生したときには、連日、関係者で打ち合わせを行い、資料などを準備し、全国各地の医療機関などを飛び回るといった“バタバタ”が生じることも、珍しい話ではない。

 そうした製品回収対応がひと段落して、ほっと一息ついたときに見えてくる問題がある。費用・損害の問題である。製品回収の問題というと、どうしても、製品の確実な回収自体が問題とされやすい(そして、それがある意味正しいことは上述のとおりである。)が、それだけでは終わらないのが、製品回収対応の“奥深い”ところである。製品回収は、その規模にもよるが、数千万円を超える費用や損害が発生するのが通常で、億単位を超えることも稀ではない。大規模な製品回収によって市場シェアが大きく失われたなど、逸失利益が発生した場合には、その費用や損害の総額が数十億円規模やそれ以上になることもある。例えば、医薬品の場合、製造販売業者等が医薬品の回収を決定し、実施してひと段落した頃から、製造販売業者等と製品回収の原因を作った業者等(製造業者や原薬メーカー等)との間で、費用や損害の負担をどうするのかという問題が議論され始めることが多い。そして、その段階になって初めて、今回の製品回収は本当は(≒法的には)実施する必要はなかったのではないか、製品回収をするにしてもここまで広範囲に回収する必要はなかったのではないか、製品回収はやむを得なかったとしても費用が掛かりすぎではないか、製品回収時や製品回収後の市場シェア回復の努力が足りなかったのではないかなどといった様々な論点が顕在化するのである。

 製品回収は、それ自体が企業にとっては多大な負担になるものであるが、それに加えて、各種対応に要した費用の記録がないなどの理由で原因企業等への費用・損害請求が認められないとなれば、目も当てられない。そこで、以下では、医薬品の回収を例に、製品回収を行う際に最低限意識しておいていただきたい点を整理する[1]


[1] 本稿では、医薬品の回収を例に主張・立証のポイントを記すが、その多くは医薬品以外の製品の回収にも当てはまる。

2 製品回収に関する費用等の請求における主張・立証のポイント

 製品回収に関する費用等の請求における主張・立証のポイントは多岐に亘るが、最低限抑えておいていただきたい点は、次のとおりである。

(1)製品回収の必要性や妥当性に関する主張・立証のポイント

 第一に、製品回収に関する費用等の請求においては、請求側(主に製造販売業者等)が製品回収の必要性や妥当性(特に範囲の妥当性)を明らかにする必要がある。その際に問題(議論の対象)となりやすい点は、表1のとおりである。

表1.製品回収の必要性や妥当性に関して問題となりやすい項目等

 製品回収に関する費用等の請求においては、原因企業等(製造業者や原薬メーカー等)から、「請求側(製造販売業者等)が行った製品回収は、製造販売業者等のレピュテーションを守るためのものに過ぎず、製品回収は(法的には)不要であった又はより狭い範囲での回収で足りたはずである。」といった主張がされることが少なくない。事案によっては、回収原因の特定(①)に関して製造販売業者等と原因企業等との間で意見が対立したまま、回収の判断をせざるを得ない場合もあり、そのような場合には後々製品回収の必要性や回収範囲の妥当性が争われることが見込まれる。ところが、そうした問題が顕在化してから、いざ我々弁護士が原因調査の内容を確認しようとすると、調査当時の報告書や議事録などが存在せず、簡単なメールのほかには担当者の記憶しか頼れるものがないということを、これまで何度も経験してきた。おそらくは、製品回収の検討・対応に手一杯となってしまい、記録化の時間を取れなかったのではないかと思われるが、この点は、製品回収の根本に関わる問題であるため、是非とも留意していただきたい。

 有効性・安全性への影響や健康被害のおそれ(③)については、その判断に出来る限り客観性を持たせるという観点からは、各種ガイドラインやハンドブック、教科書的な文献等を確認することが重要である。紛争が深化すると、各種ガイドラインやハンドブック、教科書的な文献等に記載された数値のさらに根拠が問題となることもあるので、出来ればそのことも意識していただきたい。

 製品回収の特徴の一つは、問題発覚時に速やかに製品回収の判断をしなければならないことから、製品回収をした後、回収製品の検査等を行ったところ、実は製品回収は必要なかったのではないかということを窺わせるデータが得られたとしても不思議ではないということである。しかし、だからといって、製品回収の必要性はなかったのだから製品回収の費用や損害は全て製造販売業者等が負担すべきであるなどというのは後付けの議論に過ぎず、妥当でない。そのような場合に重要になるのが、製品回収に至る経緯(④)である。製品回収前の検査や実験の結果はもとより、当事者間のメールや議事録、規制当局に提出した報告書や面談録などが製品回収の必要性や回収範囲の妥当性の決め手になることも多いため、この点からも適切な記録化を強く意識していただきたい。

(2)費用や損害(逸失利益を除く。)の発生及び妥当性に関する主張・立証のポイント

 第二に、製品回収に関する費用等の請求においては、請求側(製造販売業者等)が費用や損害(逸失利益を除く。本項において、以下同じ。)の発生とその額を明らかにする必要がある。その際に問題(議論の対象)となりやすい点は、表2のとおりである。

表2.製品回収の費用や損害の発生とその額に関して問題となりやすい項目等

 このうち、輸送費(①)や訪問実費(②)、あるいは広報費(⑤)、保管費(⑥)、廃棄費(⑦)などが費用・損害の項目として挙がることは、特段違和感がないのではなかろうか。これらの実費については、製造販売業者等としては、請求書から口座引き落としなどの支払の根拠資料まで、1円単位で紐づけをした資料の開示が求められることも多いため、やはり記録の作成・保管には十分留意していただきたい。

 費用・損害において特に問題となりやすいのは、いわゆる社内人件費(検査・原因調査費としての人件費等も含む。)である。社内人件費については、製品回収との因果関係の有無や仮に因果関係があったとしても金額の妥当性が問題となることが多く、過去の裁判例でもその結論は事案によって様々である。もっとも、比較的多く行われる請求方法としては、製品回収に関する検討の開始当初から、誰が、どの日に、何時から何時まで、どのような作業を行ったのかということを社内的に記録することとし、その合計時間×当該企業の全社員の賃金の平均などで請求する方法などがある。人件費は、製品回収の費用・損害の大部分を占めることもある重要な項目であるため、後日、いつ、どのような作業が行われたかが分からないということがないよう、製品回収に関する検討の開始当初の時点で記録用のフォーマットを準備するなどして、適時適切に記録化することが望まれる。

(3)逸失利益に関する主張・立証のポイント

 最後に、製品回収に関する費用等の請求において最も影響の大きい問題の一つである、逸失利益について述べておく。

 製品回収においては、出荷停止などによって回収の瞬間に売上や利益が下がる(つまり、逸失利益が発生する)という問題も重大な問題であるが、それだけでなく、製品回収による欠品等によって医療機関において医薬品の切り替えが行われ、その結果、一定期間(場合によっては非常に長期間)、回収した医薬品の市場シェアが大幅に下がるという状況が生じるという問題がある。この種の逸失利益は、億単位を(優に)超えることも少なくなく、製品回収に関する費用等の請求額が大きくなる一因となっている[2]

 上記逸失利益の請求は、基本的には、「製品回収がなければ得られたであろう利益」と「製品回収後に実際に得られた利益」との差額を請求する方法によって行われるが、特に、「製品回収がなければ得られたであろう利益」の算定(推定)は、事案に応じた主張立証の工夫が必要である(表3)。

表3.逸失利益の請求において問題となりやすい項目等

 例えば、製品回収を行った製品の売上高が比較的安定している場合には、過去数年~5年分程度の年間売上高を確認した上で、製品回収がなければそれと同程度の年間売上高が継続していたはずであると推定し、それに当該製品の利益率を乗じるなどして、「製品回収がなければ得られたであろう利益」を算定するということが考えられる。また、製品回収を行った製品の売上高が年々増加している又は減少しているという場合には、過去数年~5年分程度の年間売上高からその後の増加・減少を予測し[3]、それに当該製品の利益率を乗じるなどして、「製品回収がなければ得られたであろう利益」を算定するということも考えられる。製品によっては、時期(季節)によって売上高に差がある場合もあるが、その場合には、年間売上高を用いた予測ではなく、月間売上高や四半期毎の売上高を用いて予測を行うべきであろう。

 年(年度)によって売上高や市場シェアに大きな相違がある場合には、その変動原因を特定して、その影響を除去するといったことも必要となる。例えば、ある年(年度)は特定の疾病が蔓延したため年間売上高が特に増加したとか、ある年(年度)は競合品の販売が開始されたため年間売上高が減少したなどという事情がある場合には、それらの事情を踏まえた予測をしなければならない。年間売上高の変動との関係では、薬価の改定が問題となることもある。

 逸失利益の請求との関係でもう一つ問題となりやすいのが、市場シェアの減少や未回復と製品回収との間の因果関係が認められるかどうかという問題である。特に長期間に亘る逸失利益を請求する場合には、製品回収の実施時や実施後において、市場シェアの減少抑止や回復に向けた努力(法的に言えば、損害拡大防止義務と位置付けることができよう。)がどの程度尽くされたのかが問題となることが多い。そのため、請求側(製造販売業者等)としては、例えば、病院への訪問日の管理や医師等とのやり取りの記録化(例えば、医師に対して、再納入の見込時期を伝えたところ、院内で今切り替えないと難しいので再納入されても購入できないと言われたなどの具体的な事情の議事録化)などに留意して対応する必要がある。


[2] こうした逸失利益の発生は、理論上は、製造業者や原薬メーカーに原因があって製品回収を行った場合の製造販売業者の逸失利益だけでなく、製造販売業者が原因となって製品回収を行った場合の製造業者や原薬メーカーの逸失利益もあり得る。

[3] 具体的には、過去5年分程度の毎年の増加・減少量の平均をもって予測したり、回帰分析を行って予測したりすることが考えられる。

3 終わりに

 仰々しくまとめてきたが、正直にいうと、以上で記した内容は、通常の損害賠償請求とそれほど大差があるものではなく、多少なりとも経験のある方であれば、何を当然の内容をと思われたかもしれない。尤もである。いま、この“平時”においては。

 これまで縁あって、製品回収に関する費用・損害の請求事案(訴訟を含む。)を、請求側と被請求側の両方で関わらせていただいたことがあるが、特に製品回収後から関わらせていただいた事案では、記録の乏しさや安易な発言を記したメール・議事録等の存在に難儀することがあった。その企業の対応に問題があったと言いたいのではない。製品回収の実施という“有事”において、あるべき対応を採るということが如何に難しいかということを、是非ご理解いただきたい。

 本稿が、そうした“有事”において、皆様の頭の整理のご参考となれば幸いである。

以 上


(作成日:2021年9月1日)

文責:弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士 小森 悠吾
   

本稿は法的助言を目的とするものではなく具体的案件については別途弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。
本稿記載の見解は執筆担当者の執筆当時の個人的見解であり、当事務所の見解ではありません。

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